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最終更新日:2014年11月06日(木)

   厚沢部町 ヒバの北限、トドマツの南限、豊かな森林の町

   

■日本最後の和式築城「館城跡」(たてじょうあと)

 写真:館城跡

地図

 1868年(明治元年)、松前藩は本拠地を福山城(現松前町)から館村(現厚沢部町)に移しました。

 館城の完成は明治元年1025日頃のことでしたが、 時は幕末の動乱期。旧幕府軍の攻撃を受けた館城は、三上超順らの奮戦むなしく1115日、完成後わずか20日ほどで落城しました。

 厚沢部町では、平成17年から館城跡の発掘調査を行っており、現在では、堀や柵、礎石建物跡などのほか、当時使用されていた火縄銃やコルト拳銃なども発掘され、厚沢部町郷土資料館に展示されています。

 また、現在の館城跡は桜の名所として、町民に親しまれています。

 

基本データ

  • 平成14年国指定史跡
  • 1868年(明治元年)1025日頃 完成
  •          1026日 旧幕府軍 五稜郭入城
  •          1028日 松前藩主徳広、福山城
                     脱出
  •          1115日 館城落城(同日開陽丸
                     沈没)
  •          1119日 松前藩主徳広、熊石から
                     津軽へ逃亡
  •          1122日 松前藩約300名降伏

 

プチ情報1

  • 毎年、5月中旬に「館城跡まつり」が開催されます。
  • 厚沢部町には、館城跡の他、鶉ダム展望広場に「古戦場稲倉石・碧血碑」など戊辰戦争激戦の地があります。

 

プチ情報2~「敵ながら無双の勇僧」三上超順~

  • 三上超順(みかみちょうじゅん)は、松前出身の僧侶で、松前正議隊参謀として館城で旧幕府軍相手に戦い、戦死しました。
    左手にまな板を持ち、右手に刀を持って奮戦した三上超順に対して、旧幕府軍の大鳥圭介は「敵ながら無双の勇僧」と称えたそうです。

 

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■日本初「メークイン発祥の地」(めーくいんはっしょうのち)


写真:メークインとメークイン畑

 
写真:メークイン発祥の地の石碑


写真:「おらいもファミリー」

 

 「ジャガイモの女王」メークインは、1925年(大正14年)、厚沢部町にあった北海道庁檜山農事試験場において、全国ではじめて作られました。

 厚沢部町のメークインは厳格な肥培管理のもとに生産されており、その品質は高く評価されています。

 メークインは、形が長く、身が黄色で、煮崩れが少ないため、塩煮やシチュー、カレーライスなどに向いています。

 なお、低温で貯蔵しておくと甘みを増し、貯蔵につれて粘質をます特性があり、ビタミンCも豊富です。

 ところで、メークインは病害虫に弱く栽培が難しいほか、形が長いため、収穫時の機械化が難しいと言われています。また、土寄せを上手にしないとイモの表皮が緑化しやすくなったり、イモの形が崩れやすくなるなど、農家の皆さんは大変苦労しながら、大切に栽培しています。

基本情報

  • デンプン価約14
  • ビタミンCは、100g2530mg


プチ情報1~道内有数の歴史を持つゆるキャラ~

  • おらいも君は、1984年(昭和59年)511日厚沢部町の地に産声を上げ、以来、厚沢部町のイメージキャラクター として、活躍しています。ポスターやTシャツ・看板・ 包装紙等に登場し、現在は妻のさつき(画像左)、娘の ポテ子(画像中央)と親子3人で、各イベント等で活躍し ています。


プチ情報2~メークインを使ったクイーンズボール~

  • 厚沢部町の道の駅で販売されているコロッケ。
    食べやすい形とサクッとした歯触り、ホクホクした食感 とメークインの柔らかい甘みで人気です。

 

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クイーンズボール

写真:クイーンズボール

■世界最大級「ジャンボコロッケ」

写真:「あっさぶふるさと夏まつり」で

    こんがり揚がる巨大コロッケ

 厚沢部町では、2004年(平成16年)から「あっさぶふるさと夏まつり」で、地元の特産品であるメークインを使った巨大コロッケづくりに挑戦。

 直径2mを超えるコロッケは、世界最大級の大きさで、クレーン車でつり上げ、巨大な油鍋に投入します。

 会場には、食欲を誘う香ばしい香りが漂い、こんがりと揚がったコロッケは、まさにキツネ色で食欲を誘います。


基本データ

  • 2010年(平成22年) 直径3.08m重さ約500Kgの世界一巨大なコロッケづくりに成功

 

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日本一の作付面積「山ごぼう」(やまごぼう)

 

写真:厚沢部産「山ごぼう」と醤油漬け

 

 1989年(平成元年)から名古屋の市場の要請で作付けをはじめた厚沢部産「山ごぼう」。秋から初冬にかけての寒暖差が、良い風味を生み、10月~11月にかけて収穫され、長野県や岐阜県、愛知県などに出荷されています。
 ボールペンほどの細さが特徴で、きんぴらや漬物の他、カリカリとした歯ごたえでサラダなどにも使われます。

基本情報

  • 作付面積 約15ha(全国1位)(JA新函館厚沢部基幹支店資料)


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北海道初の栽培「黄金千貫」(こがねせんがん)

  

写真:芋焼酎「喜多里」



 写真:黄金千貫

 

 北海道を代表する甲類焼酎メーカーの一つである札幌酒精工業()が製造する芋焼酎「喜多里」。

 その原材料として、北海道初の栽培に取り組んだのがさつまいもの一種「黄金千貫」です。

 黄金千貫の生産は、北海道では無理と言われていましたが、当時札幌酒精函館営業所長(現農業生産法人株式会社ノアール社長)小堤氏と厚沢部町の農家との協働により、栽培に成功しました。栽培技術を学ぶため、鹿児島県に幾度も足を運び、2006(平成18年)には、200tもの収量を得ることができるようになりました。
 

プチ情報

  • 2003年(平成15年)から厚沢部町で試験栽培を開始。現在では厚沢部町にある札幌酒精の工場などで芋焼酎 「喜多里」の生産行われています
  • 道の駅などでの販売や町内飲食店等で飲酒できます。


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全国菓子大博覧会・各賞受賞「くらやの菓子」(くらやのかし)

 写真:厚沢部羊羹


写真:黒豆あっさぶ煎餅


写真:銘菓あっさぶ


地図:くらや製菓
 

 厚沢部町のくらや製菓」は、厚沢部町特産の黒豆を使った黒豆プリンや黒豆ロールなどの洋菓子が地元で人気の老舗菓子店。

 そんな「くらや製菓」は、厚沢部羊羹やあっさぶ煎餅などの和菓子も全国菓子大博覧会で各賞を受賞する銘菓を取りそろえています。


基本情報くらやさんの銘菓~

  • 厚沢部羊羹
    大納言小豆を贅沢に使った厚沢部羊羹。

    1977
    年(昭和52年)第19回全国菓子大博覧会で、見事に金賞を受賞。ほどよい甘さと、しっかりとした餡が人気。

  • 黒豆あっさぶ煎餅
    厚沢部町特産の光黒大豆を使用した洋風煎餅。
    カリカリ
    とした食感と黒豆の香ばしい香り、独特の甘みが気の銘菓2002年(平成14年)第24回全国菓子大博覧会中小企業長官賞を受賞。

  • 銘菓あっさぶ
    厚沢部町名産のメークインを使用し、風味を逃さないようイルで包み焼き上げたお菓子。
    あんの上品な風味を生かした銘菓で、ほのかな甘みと柔らかい食感が人気。1998年(平成10年)第23回全国菓子大博覧、全菓博栄誉大賞を受賞。


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遊歩百選「土橋自然観察教育林」(つちはししぜんかんさつきょういくりん



写真:土橋自然観察教育林


写真:ヒバ爺さん

地図
 平成14(2002)読売新聞大阪本社が発刊50周年を記念して選定したのが「遊歩百選」で

 道内からは、東川町、白老町とともに厚沢部町「土橋自然観察教育林」が選ばれました。

 1600年代、松前藩直轄のヒバ山として開発が始まり、昭和60(1985)には、北海道の自然準百選にも認定されました。

 樹齢数百年にもなるヒバ爺さんやブナ婆さんが健在であるほか、クワガタなども採れる人気の森で、季節を彩る花木も美しく、町民に愛される憩いの森となっています。

 

プチ情報1】~御山七山(おやまななさん)~

  • 松前藩では、上ノ国天の川と厚沢部川の挟む流域のうち、特にヒノキアスナロの美相をなす天然林七カ所を「御山七山」と呼びました。延宝6(1678)内地山師に請け負い許可を出し、その運上金による収入は、藩収入の確保に大きく貢献しました。 
  • 元禄8(1695)4月、江差檜山(ひのきやま)からの自然発火で、椴川山から上ノ国目名山、厚沢部山と「御山七山」全域が延焼すると、数日間にわたって燃え続け、立木の過半を失い、檜山(ひのきやま)は大いに荒廃しました。


プチ情報2】~ヒバ爺さんとブナ婆さん~

  • 土橋自然観察教育林には、ヒバ爺さんとブナ婆さんと呼ばれるヒバとブナの木が生えています。
  • ヒバ爺さんは、森の「厳格な父親」に見たてて名付けられました樹齢は500600年と言われています。
  • ブナ婆さんは、母親のように暖かい包容力がある古木です。なお、ドイツでは、ブナを「森の母」と呼んでいます。


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